遥かなる航路へ
──夢を実現するのなんて簡単だ。諦めなければいい。
──『発見者』ロビン・ロバルゴの言葉。
ロビンは造船の街イダラハの人である。生まれは遥か西方との説もあるが定かではない。ただ一つ知られている事は、彼が苦難に満ちた生と航海の果てに新大陸を見出した事だ。彼は偉大なる航海を成し遂げたのである。
年老いたロビンは自伝の最後のページを閉じ、だいぶ若い内縁の妻に目を向けた。浅黒くすらりとし、本来なら良く笑うその女の目は涙が溢れており、大窓から差し込む黄金の黄昏に輝いている。その黄金の光にロビンは遥かなる航路に戻る時が来たことを悟ると、短く微笑んでは再会を約束して目を閉じた。こうして、時は彼に意味をなさなくなった。
屈強な海の男たちの怒号が飛び交う。互いがまだ荒れ狂う海と戦っている事、その命がまだある事を確かめ、嵐が去るまで戦い続けられるようにと。しかし耳を貫く矢のような雨と、海神の戦槌のような大波は一つ、また一つとその声の主を呑み込んだ。神に祈る叫び、旅の成就を願う叫び、時には愛しい誰かの名を呼ぶ絶叫、そのような声と共に。
ロビンは暴風雨に備えて舵輪の前に立てた柱に自分を括り付けては、一寸先も見えぬ嵐の海の中で、船に感じる海の力を頼りに精妙かつ力の限りに舵を操り続けていた。奥歯を噛み砕かぬようにくわえた荒縄はちぎれかけて口から出血していたが、波にさらわれる仲間の様子に獣のようにうなりつつも、決してその舵は離さなかった。経験の豊富な老船乗りが流される時など、彼はロビンに向いては親指を立てて微笑み、幸運を祈りつつ大波に消えていった。この時もロビンは涙と共に舵を切り続けた。
しかし大波がロビンをも押し潰す。
ロビンは身体から自分が切り離されたように感じた。舵を操る手は動き続けている。見上げれば荒れ狂う嵐の彼方に黄金の霞が現れて、およそ様々な時代の船が彼方へと進むのを見た。世界の端を決める神々の船、穢れた世界樹を焼きに行くであろう、古き民たちの勇壮な艦隊。見た事もない巨砲を撃ち合う鈍色の鋼の船たち。いずこかの海を探す歌う人魚たちの群れ。言葉の及ばないそれらにロビンは舵を思わず離して目を塞ぎ、全てが闇に転じた。
再び目を開けたのは青空の下、静かな砂浜に座礁した船の上だった。ロビンは自分の目的が新大陸の発見ではなく、航路に在り続ける事だと突如として悟った。今再び、永遠のその時が訪れていた。
※以上、引用・本文含めて1000字の小説でした。
──若いの、目的のものを見つけるまで決して諦めちゃあいけねぇ。あんたが本気なら、大陸だって目の前に現れらぁな。
──イダラハの船鍛冶の言葉。

初稿2025.07.25
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