アスギミリアの戦い
ダークスレイヤーが氷獄で眠りに就くよりはるか昔の事。無限世界を揺るがす激しい戦いがありました。界央の地の最高戦力とされた天使の軍勢八十億と、ダークスレイヤーの『船の民』をめぐる戦いです。
かつて、無限世界で最も進んだ文明を持つとされた『船の民』は無限世界の何らかの限界性や問題に気付き、九つの巨大な星船を建造して無限世界の外を目指す旅に出ました。しかしこの行いに対し、界央の地はその殲滅を天使たちに命じます。
長い旅の末に船の民たちを待ち受けていたのは、界央の地から下層の地獄界までの全ての世界の層を貫く大穴のような『アスギミリアの地』と、殲滅に等しい宣戦布告をする天使たちの大軍でした。船の民たちは幾つかの星々を含む広大な文明圏を収納した九つの巨大な星船でこの理不尽な仕打ちに応戦しますが、不利な状況は覆せず、数時間の戦いで七つの船と多くの人々が失われました。神々の理不尽な仕打ちに怒りを抱えつつも次第に絶望に追いやられる船の民たちでしたが、天使たちの最後通告のさなかに黒い炎の鳥が現れます。
黒い炎の鳥は黒炎纏う人馬の姿になり、世界そのものを縦横に焼き切る黒炎の斬撃と、この黒い人が呼び出した暗黒の破壊神により、天使の軍勢はごく短時間でその三分の一を失う事となりました。
この時の様子は隠されていますが、追放された天使たちの禁書にわずかに記述が残っています。
──黒い者は天の蒼さを嘲笑い、その斬撃は縦横に世界を引き裂き、黒き炎が我々を焼き殺した。やがて灰の舞う黒い世界が見え始めた頃、界央の地を照らす光は陰り始め、我々は黒い世界の彼方に爪のような黒き鋼の戦艦がひしめくのを見た。
──暗黒の破壊神は封じられていたはずの『炎と氷の剣』をふるい、世界は灰色に満ち、全ては灰燼と化した。聖魔の王の白き翼たる我々は、法による死と破壊で秩序を成す力を失った。
戦いの詳細は不明なものの、天使たちは戦いをやめて撤退し、生き残った船の民たちもいずこかへと消えてしまい、その後の事は杳として知れません。ここまでが無限世界で語られている『アスギミリアの戦い』となります。
美しき割譲
『アスギミリアの戦い』の後、天使たちはこの戦いでの敗北や覚悟について罪を問われて追放され、その後の消息は全く浮上してこなくなります。一方、ダークスレイヤーに関しては、その存在が実在のものであると確認されると同時に、天使たちの敗北から大戦争かあるいは世界滅亡の予感がささやかれ始めます。
界央の地は彼の出現が『時の終わり』に関する不吉な予言と類似性がある事で大いに揺れますが、最終的には天使たちの越権行為である事とし、自分たちの傲慢さを一部受け入れる姿勢として、少なくとも形式上はダークスレイヤーの戦いを認める事とします。
また、前述の『アスギミリアの戦い』において、破壊神の主武器『炎と氷の剣』の封印を解いたのは、界央の地の至高の存在たる聖魔の王、その形式上の妻の一人でもあった『氷の女王』でした。これも界央の地と聖魔の王の地位を揺るがしかねない醜聞です。至高の神々たちでさえこれら諸問題の対応に連日の議論となりますが、これらの問題を全て解決できるとして浮上したのが、界央の地の道化が提案した『美の割譲』という案でした。氷の女王をはじめとした『界央の地』にそぐわない女性存在たちをダークスレイヤーに引き渡すという案です。
これはダークスレイヤーのこれまでの戦いをある意味で上から認め、魅力的な女性存在たちとの関係は彼が暴虐であればその風評を下げ、少なくとも美しい女性存在たちとの関りで彼の怒りが慰撫されて弱まるか、または関係が深まればダークスレイヤーか女性存在たち、あるいはその両方が堕落して力を弱める可能性もあり、結果として界央の地の脅威は弱体化するであろうという遠大な見通しもありました。
この案は採用され、無限世界でも名高い美しい城を選び出し、そこに美しい女性存在たちを集めてダークスレイヤーに引き渡す事となりました。こうして『空の青さの始まりの城』ア・シェの連環世界の永遠に蒼きリュデラーン城と、その主である希望と導きの女神ハルシャーを筆頭にして、この城に名高くも界央の地には今ひとつそぐわない厄介な女神たちを集め、ダークスレイヤーに押し付けに等しく引き渡されました。この事件こそが『美しき割譲』であり、この時に引き渡された女神たちが物語世界でも名高い『蒼城三十柱の女神』となります。
この遠大にして美しい陰謀にどのような解が出されたのかは、作中で少しずつ追いかけていただけたらと思います。
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