『蛇の鱗』ナシャンと、『花咲く鱗』ナシャファについて

『蛇の鱗』ナシャンと、『花咲く鱗』ナシャファについて

『蛇の鱗』ナシャン

 その意味は『蛇の鱗』 。

 無限世界に大地の母神として普くその名を知られている蛇身の女神セルセリー。彼女の鱗より生まれ、『人なる神の時代』において、人とセルセリーを繋ぐ種族が、腰から下が蛇の種族ナシャンだとされている。ナシャンは女性しかおらず、多くの異なる種族と婚姻を結ぶことができるが、婚姻の結果として生まれる子供は、男性の場合は婚姻した男性の種族で生まれ、女性はナシャンのみという変わった特徴を持つ。この理由ははっきりしないが、セルセリーによると、『男の蛇は悪しき者だから』との事。

 ナシャンたちは大地と水のどちらか、あるいはその両方に縁深く、このため水や大地の精霊の機嫌や言葉が分かり、またその理解の延長で魔法の習得にも長けている。手先は器用で賢く、長い胴体はとても力強く、また顔立ちは様々な種族に似て多彩かつ整っている事が多い。

 女性しかいないのに同族の女性は滅多に生まず、婚姻した異種族の男性を産むナシャンは、多くの種族が減少することを防ぐセルセリーの慈愛の表れであるとされ、天災や戦争などで種族の数が多く失われた世界ではナシャンたちの存在によって復興出来た例も少なくない。

 ナシャンたちには大きく分けて二種類の性向がある。誰とも縁のない者たちと契って多くの男子を残す『産み育てる者』と、世界を見聞する『目と耳となる者』である。『産み育てる者』は一定数の子供を産み育て終わるとやがて人里離れて地脈とかかわりの深い場所に移動して地脈から『根の国』に旅立ち(これを帰根と言う)、現世に小さな祝福を残してその体を失う。『目と耳となる者』は長い間旅を続けて見聞を蓄積し続け、それを終えたのちは良き出会いがあれば誰かと婚姻を結んで共に人生を歩み、相手の寿命が尽きるのに合わせて共に『根の国』に旅立つとされている。

 『産み育てる者』は子を産まなければその寿命はとても長く五百年ほど。数十人の子供を産めば三百年ほどと伝えられている。一方、『目と耳となる者』は地脈に触れる限りは不死に近く、自らの役割を終えたと悟るか、伴侶を見つけてその相手が死したとき以外は『帰根』しないとされている。このため『目と耳となる者』は学者や賢者、熟練の魔法使いのような立ち位置にいる事も多く、知識豊富な人間の友人である事が多い。また、数は多くないものの戦士としての役割を持つ者たちもいるようだ。

 ナシャンたちはこのようにして、『人なる神の時代』をセルセリーと共に循環させている献身的な種族と言える。

『花咲く鱗』ナシャファ

 その意味は『花咲く鱗』 。

 蛇身の大地の母神セルセリーの美しい花鱗から生まれたとされる、セルセリーの分け身の神格である蛇身の女神たち。『岩と大樹の時代』の大樹の根が起源とされるセルセリーは、『人なる神の時代』にも大地と地脈という概念が互いに有益であるように、との契約をもって、原初の大征伐とされる戦いに傷つき疲れた神々を癒し祝うべくこの美しい娘たちを創り出し、『界央の地』の美や栄光の領域にまたがる神域『偉大なる物語の地』ラーナ・ハーリで黄金の宴を連日開いた。この時に歌い、踊り、給仕をして『人なる神の時代』の律に沿って戦った神々を歓待したのがナシャファ達である。

 セルセリーはこの宴の結果、『人なる神の時代』の神格たちがナシャファたちを気に入って何柱かは婚姻を結び、新たな神の系譜が生まれる事を期待していたが、不思議な事に彼らは一柱もナシャファ達と契らなかった。この出来事はセルセリーを大いに失望させ、また『人なる神の時代』との契約も危ぶまれたが、結果としてこの契約は『界央の地』の律が届かない世界群で有効となったらしい。このため、『ダークスレイヤーの帰還』の時代において、ナシャファもナシャンも『界央の地』側の世界にはおらず、ウロンダリアなどの断絶した世界にのみ存在している。

 ナシャファ達は腰から上が『人なる神の写し身』たる女性の姿をしており、その部分は母体であるセルセリーの『母なる神』の特徴を受け継いで多くの者たちが豊かで魅力的な肢体をしている。腰から下は長い蛇となっており、鱗の色は様々だが多くの場合は虹の光沢を帯びており、この虹の光沢は過去や死者への深い愛情を意味しているとされる。また、聞くものの魂魄に直接響く神のごとき祝福された美声を与えられており、これは母体であるセルセリーが魂魄の象徴として蝶を好む事から『蝶の声』と呼ばれているが、生身の人間には影響力が強すぎるとも言われている。また、『蝶の声』とともに各自が個性的な神としての権能を持っているが、その詳細はあまり明らかになっていない。

 そして、ラーナ・ハーリ墜落後はセルセリーが地下に築いた楽園、『ハイカルの薄明の園』にほとんどのナシャファが集まっているとされている。

 以下は名のあるナシャファたちの詳細となる。

『翼ある黄金の蛇』アウラ

 『最初の娘』または『黄金の蛇』と呼ばれる、最初に生まれ落ちたナシャファ。二対四枚の翼が隠された黄金の蛇身を持ち、無尽蔵の富と栄光をもたらすとされている。その声は世界の律をより強める物であり神聖で、死や不運、怪我や疫病など全てを遠ざけてしまうとされている。『偉大なる物語の地』ラーナ・ハーリの主であり、大変に自信に満ちており、黄金の寝椅子に寝そべりつつ宴会を取り仕切っていた。有翼の彼女はいかなる世界も渡れるとされていたが、ラーナ・ハーリが時と世界のはざまに墜落して失われて以降の行方は不明なままである。

『財運の白き蛇』レヴァナ

 アウラの次に生まれたとされる非常に格の高い白いナシャファ。最も母なるセルセリーに近い胸と腰をしているとされ(つまり豊満であるという事)、さらに強烈な財運をもたらす権能がある。しかし彼女は『人なる神の似姿』と蛇の部分を完全に切り離すという他のナシャファ達にはない能力があり、これが『人なる神々』に媚びすぎているとされ『欲深いレヴァナ』などと他のナシャファ達から呼ばれるようになってしまった。しかし、その容姿とは裏腹に彼女の『蝶の声』は『白き冷静』と呼ばれる、感情の熱を冷まして誤った判断を避けるというもの。このため、しばしば彼女の魅力的な姿に魅せられた神々はいても、その美しい声を聴くと冷静になってしまい、どうにも食指の伸びない状態になってしまうとされていた。彼女自身は母なるセルセリーの意志もあり『人なる神々』と縁を結びたかったが、結局のところかなりの献身をしてもそれはかなわず、眷族からの誤解も多いという苦労を抱えていた。

 宴席を外れた彼女は全く無口で、微笑してもその黄金の眼には暗い影が差し、何かを秘めていたのではないかとよく囁かれている。そして、黄金の都ラーナ・ハーリ墜落後の消息はよく分かっていない。

『王の黒き双花』フリネとレティス

 『混淆こんこうの黒髪』と呼ばれる黒髪と黄金の瞳をしたナシャファの姉妹。王たるものの左右に侍る宿命を持つとされ、広範の運と人々の心を動かす強力な権能を持つ。『人なる神の時代』において、戦士や王たるものの生とは大いなる矛盾に付き合い続けて答えを返し、強い意志で逆境を好機に、敵を味方に、死地しち生地せいちに変えていく姿勢が求められる。この姉妹はそのような魂を持つ者にとっての答えであり、『試練の果ての報酬』あるいは『理と背理の循環』を意味して二人なのだとも。

 姉とされるフリネの声は神々の死さえ癒す極めつけの美声とされ、それは失われた神々の楽器そのものとも例えられ、また人々の情熱を燃え上がらせる。妹のレティスの声は冷静と学びをもたらすとされ、その声により学んだものは決して忘れる事がなく、ひたすら学びを積み上げる事が出来る。

 この二人を得ようとしてラーナ・ハーリに最後まで残っていた黒い嵐の暴竜ヴァルドラと雷の軍神アストラは終わりなき争いをはじめ、それはダークスレイヤーの来訪とラーナ・ハーリの墜落を招いてしまった。のち、二人はその魂魄を一対の金銀の腕輪に込められ、『大いなる欲望の腕輪』と呼ばれる至宝として多くの世界を彷徨う事になったとされている。

『夢の歌い手』クルシラ

 夢の世界である夢幻時イノラと現世を行き来し、声と歌でこれらを繋ぐ力のあるナシャファ。失われた地や人との再会も可能にできる夢の声を持ち、夢幻時イノラにある夢の都イーストリエの主であるリリム『名も無き思い人の君』と親交がある。彼女の声は記憶や過去にしかない情景を宴席で再現する事に良く用いられており、神々は失われた地や仲間、あるいはかつての戦場の空気に感動したり涙したという。

 もともとは後述するリラファと同じく春の訪れや暖かな恵みをもたらす存在だったが、夢幻時イノラと現世を行きかううちにその髪と目は夢幻時イノラの色とされる聴色ゆるしいろに染まっていった。ラーナ・ハーリ墜落後は夢の都イーストリエに身を置き、『名も無き思い人の君』と一緒に、大切な人との再会を取り持つ手伝いをしつつ、仲の良かったナシャファであるリラファの行方を捜し続けていた。

『花で満たす者』リラファ

 リラファは宴席を多くの枝垂れる花で飾りつつも、最も早くに自発的にラーナ・ハーリを立ち去り、かつての戦場跡を探しては浄化するという長い旅に出たとされている。『原初の大征伐』以降、幾つかの激戦地には誰も訪れる事が叶わなくなっており、またその所在を正確に伝える書物もなぜか見当たらず、彼女の探索と浄化の旅は困難なものであったと推測されるが、『界央セトラの地』の外縁世界を訪れて以降は彼女の行方は杳として知れず、彼女と親しかったクルシラや母なるセルセリーもその行方を調べ続けていた。

 幾つか浮かび上がってくる事実は、『人なる神々』が彼女たちナシャファと契る考えがない事をかなり早めに見抜いたであろう事と、彼女が訪れて浄化したであろう多くの戦場跡が薄紫の枝垂れる花で満ち、『ペラフ・ノゼラ(枝垂れる花)の浄化地』という、花と芳香漂う清浄な地になっていた事だろう。彼女の真実はいずれ明かされるかもしれない。

※この項は順次加筆予定です。

初稿2025.04.28

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